サラーフッディーン城(サラーフッディーンじょう、アラビア語: قلعة صلاح الدين, Qal'at Salah al-Din)は、シリアの北西部にある中世の城である。ラタキア県の中心都市ラタキアから30キロメートル、ハッファという町から7キロメートルの場所にあり、山岳地帯の中の両側が崖になった尾根筋に立地し、森に囲まれている。遅くとも10世紀中葉にはここに城塞が築かれていた。ビザンツ帝国のヨハネス1世ツィミスケスが975年に当該城塞を手に入れた。ビザンツ帝国は1108年までこの城を支配した。12世紀の初頭、「フランク人」(中世アラブ・イスラーム世界から見た西ヨーロッパ人)がこの城に拠り、十字軍国家の一つ、アンティオキア公国の守城とした。十字軍騎士は城を大幅に拡張し、城を現在ある姿にした。1188年にサラーフッディーン・アイユービーのムスリム軍が包囲し、3日後に陥落した。1287年にもこの城をめぐって包囲戦が発生したが、このときは攻守共にマムルーク軍人であった(ムスリム同士の争いであった)。2006年にユネスコは、「サラーフッディーンの城」と「十字軍騎士の城」を「世界遺産」に登録した。城の遺跡はシリア政府が管理している。
ウィキペディア「サラーフッディーン城」より引用、CC BY-SA 4.0。
サラーフッディーン城 (Citadel of Salah Ed-Din)は、アトラスの城の知名度ランキングで世界598位(全9,035件中)、シリアの38件では3位にランクされています。約950年に創建され、アトラスの年代判明済みの城の92%より古い城です(10世紀に創建されたアトラス収録の192件のひとつ)。 Wikipediaの記事は直近60日で4,736回読まれ、アトラス収録の86%より多くの読者を集めています。半径25キロ以内にはアトラス収録の城が4件あります。最寄りの日帰りガイドは27キロ先のラタキアです。地域別マップ「レバント」に収録された105件のひとつです。シリアが他とどう比べられるかは、城の統計をご覧ください。
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