城
ドゥーン城
SCT スコットランド · 14世紀
ドゥーン城(ドゥーンじょう、英: Doune Castle)は、スコットランド中心部・スターリングの村、ドゥーンにある中世の要塞である。城はアードッホ川がティース川へ流れ込む、樹木に覆われた曲がり角にある。スターリングから北西に8マイル (13 km)の場所では、ティース川がフォース川に流れ込む。さらに北西へ8マイル (13 km)進んだ上流地点には、トロサックスの岸沿いに、ハイランド地方境界に当たる町カランダーがある。
近年の調査によって、ドゥーン城は13世紀頃に建てられ、スコットランド独立戦争時に損傷を受けたこと、その後14世紀終わり頃に、オールバニ公爵ロバート・ステュアート(1340年頃 - 1420年)によって現在の形に建て直されたことが分かった。オールバニ公爵はスコットランド王ロバート2世の息子で、1388年から死去までスコットランドの摂政を務めていた。彼の建てた要塞がほとんど改築されずに完璧なまま残されていたため、従来は城全体がオールバニ公爵による建築で完成されたと考えられていた。実際のところ、石造りの建築はほとんどが14世紀遅くに作られたものだが、一部1580年代に軽微な修理が行われた部分がある。城は1425年にオールバニ公爵の息子が処刑されたのを機に王へ譲り渡され、王立の狩猟用別邸や寡婦用住宅として使われていた。16世紀遅くには、ドゥーン城はマリー伯爵家の所有となる。城は17世紀半ばの清教徒革命 (en) やグレンケルンの乱、17世紀後期から18世紀にかけてのジャコバイトの乱 (en) などを目の当たりにしている。1800年までには城は破壊されたが、1880年代に城の修復事業が始まった。この修復では、板材の屋根や、室内の床面、家具類などが交換されている。20世紀に入ってからも修復事業は行われ、現在城はヒストリック・スコットランドによって管理されている。
建築者がオールバニ公爵だったことから、ドゥーン城は当時王家が建てていた城の建築様式を反映した造りになっている。建物の各辺に合わせた長さの中庭が作られる予定だったが、北側・北西側の部分しか完成していない。エントランス上には大きなタワー・ハウスが作られ、領主とその家族の部屋があるほか、キッチンやゲスト・ルームを含んだ別の塔も建てられている。この2つは大広間を介して繋がっている。
ウィキペディア「ドゥーン城」より引用、CC BY-SA 4.0。
ドゥーン城は、アトラスの城の知名度ランキングで世界324位(全3,734件中)、スコットランドの88件では10位にランクされています。1400年に創建され、アトラスの年代判明済みの城の56%より古い城です(14世紀に創建されたアトラス収録の251件のひとつ)。スコットランドが他とどう比べられるかは、城の統計をご覧ください。
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