城
墨俣城
🇯🇵 日本 · 16世紀
築城時期は不明である。長良川西岸の洲股(墨俣)の地は交通上・戦略上の要地で、戦国時代以前からしばしば合戦の舞台となっていた(墨俣川の戦い)。斎藤氏側で築いた城は斎藤利為らが城主を務めた。
1561年(永禄4年)ないし1566年(永禄9年)の織田信長による美濃侵攻にあたって、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)がわずかな期間でこの地に城を築いたと伝えられている。これがいわゆる墨俣一夜城である。信長はこの城を足掛かりとして、美濃攻略に成功し、秀吉も出世の道を開いたとされる。ところが信長にとっても、秀吉にとっても重要なこの事件について、太田牛一の『信長公記』をはじめとする良質の史料には、まったく記載がない。秀吉が一夜城を築いたという話には、それが史実であることを窺わせる史料的な裏付けがない。
ウィキペディア「墨俣城」より引用、CC BY-SA 4.0。
墨俣城は、アトラスの城の知名度ランキングで世界1,762位(全3,734件中)、日本の155件では74位にランクされています。1567年に創建され、アトラスの年代判明済みの城の40%より古い城です(16世紀に創建されたアトラス収録の351件のひとつ)。日本が他とどう比べられるかは、城の統計をご覧ください。
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