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城

臼杵城

Usuki Castle · 日本 · 16世紀

臼杵城(日本)
写真: Asturio Cantabrio · CC BY-SA 4.0 · Wikimedia Commons

臼杵城は、アトラスの城の知名度ランキングで世界4,206位(全9,040件中)、日本の295件では202位にランクされています。1562年に創建され、アトラスの年代判明済みの城の35%より古い城です(16世紀に創建されたアトラス収録の887件のひとつ)。 Wikipediaの記事は直近60日で2,923回読まれ、アトラス収録の77%より多くの読者を集めています。半径25キロ以内にはアトラス収録の城が2件あります。地域別マップ「九州」に収録された37件のひとつです。日本が他とどう比べられるかは、城の統計をご覧ください。

臼杵城(うすきじょう)は、大分県臼杵市にあった日本の城。城跡は国の史跡に指定されている。戦国時代、大友宗麟により臼杵城の前身となる「丹生島城(にうじまじょう)」が築かれ、大友氏の拠点となった。江戸時代には臼杵藩の藩庁が置かれた。

丹生島は北、南、東を海に囲まれ、西は干潮時に現れる干潟の陸地でつながるのみという天然の要害をなしていた。「丹生」とは丹(に、鉱物の辰砂)が採取される土地を指し、丹生島とは「金属鉱石の産出する島」という意味である。大友義鎮(宗麟)は、この島一つを城郭化して干潟を干拓して城下を形成した。

城には3重4階の天守と31基の櫓が上げられた。総二階造り(上下階の平面が同規模)の重箱櫓と呼ばれる形状をした二重櫓が特徴的であった。廃藩後は天守以下建物は一部を残し取り壊され、周囲の海も埋め立てられた。現在、城郭主要部は都市公園として整備され、石垣、空堀が残る。また、二の丸に畳櫓が、本丸に切妻造りの卯寅口門脇櫓が、それぞれ現存する。

ウィキペディア「臼杵城」より引用、CC BY-SA 4.0。

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